寒空の下の小さなぬくもり

ひんやりとした空気が肌を撫でて思わず身体を震わせる。
「夜明け前が一番気温が低い」とは言うが、今は冬、そして北方の地ということもあって尚更寒さが肌に染みた。
「はあ……」
レキは一つ大きく息を吸って片手を温める。白い息が手のひらにかかった。
「あれ? 君も起きてたんだ」
不意に後ろから聞きなれた少女の声が聞こえてくる。レキはさっと後ろを振り返った。
「……ん? あれ、ヒカリ。君も起きたのか?」
「今日のことを思うとね。目が覚めちゃった」
そう言って少女、ヒカリは苦笑する。確かにレキが見る限り少し顔色が悪いようだった。
しっかり寒さに耐えられるようにきっちり着込み、手には何かコップらしきものを二つ持っていた。
「不安なのか?」
「……まあね。いよいよ今日が作戦決行日だしさあ」
そう言ってふう、とため息をつく。
「あ、そうだ、寒いだろうしコーヒー淹れて来たんだけど。君も飲む?」
「え? ああ、うん。じゃあいただこうかな」
そう言って、レキはヒカリの持っていたカップの一つを受け取る。
そして、一口飲んでみた。口にコーヒーの苦さが広がる。
そしてその苦さに顔をしかめつつも飲み込むと、今度はじんわりと身体に温かさが広まっていった。
「……苦かった?」
「ちょっとね……でも温まったよ、ありがとう」
そうにっこりとレキは笑う。その時、ひゅう、と風が吹いて二人の間を吹き抜けていった。
「ひゃっ」「うわっ」
風が強かったせいか服の袖がべちん、とレキの顔に当たる。
「ちょ、大丈夫?」
「うん、当たっただけだから……やっぱ北のほうは風が強いなあ」
そう言ってため息をついて、それにつられてヒカリも真顔になる。
そして彼女は、そっと彼の服の袖を掴んだ。
「どうしたの?」
「いや……緊張するなあって。成功するんだろうか」
「まあ……確かにわからないけどさ。でも、成功するにしても失敗するにしても、戦況は大きく変わるだろうね」
そうレキが言ったと思えば。彼はふと、あ、と声をあげた。
「どうしたの? ……わあ!」


レキにつられてヒカリも彼の視線の先を向けて、視界に入った光景に思わず感嘆の声を漏らした。
それは、遠くの地平の先に、今まさに朝日が昇ろうとしているところだった。
朝日に照らされ、遠くの山が光に照らされ影になっている。
そして、光は放射線状に周りを照らしていた。
まさに夜明けの瞬間だった。


「綺麗……」
ヒカリは無意識のうちにそう言葉を漏らしていた。
初めて見る光景に感動したあまりの言葉だった。
ずっと戦況のことを考え、後方とはいえ戦場で過ごしてきた彼女。
その前も、ずっと街で過ごしてきたこともあって本当にこんな自然の雄大な景色をじっくりと見るのは初めてのことだった。
いつの間にか自分が口をぽかんと開けて目を輝かせていたなんて思いもしていなかった。

そんな彼女を見てレキは言った。
「……あのさ、ヒカリ」
「ん?」
「この戦いがいつ終わるかなんてわからないけどさ」
「うん」
「……でも、またこんな夜明け前にさ、こうやって二人で景色でも見ながらコーヒー飲めたらいいな、とは思う、よ」
「え?」
「今度はこういう殺伐とした雰囲気とかじゃなくて、何でもないようなときに来てさ」
「……じゃあ、絶対生き延びないと」
「ほんとにね」
「……でもこれ、フラグみたいだよね」
「あっ」
ヒカリのその言葉にレキは思わず声をあげる。その言葉に思わず彼は片手で口を押さえた。
「うん、でもきっと大丈夫」
ヒカリはそう言って彼の腕を掴もうとして――できなかったので彼の服の袖を掴んだ。
「君ならできるよ。……何だかそう思えるんだ」
「……えっ、ヒカリ? どうしたんだ?」
「……何か急にこうしたくなったの! それだけ!」
そうやって誤魔化すように少し声を大きくして言ったヒカリを見て。
レキは、抑えていた片方しかない腕でそっとヒカリを抱きしめた。
「えっ?」
「……今はこれしかできないから。残りは時が来るまで我慢してくれ」
片腕で抱きしめながら彼はヒカリに言う。
それを聞いてヒカリは驚いて目を見開く。
しかしやがてそっとこちらは両手で彼を抱きしめ返した。

二人とも外の気温は低い筈なのに確かな温かさを感じていた。
ちょっと苦めのコーヒーはすっかり無くなっていた。